ポンちゃんです。

いつもブログをお読み頂きまして、ありがとうございます。

今朝も、朝の真我瞑想会に参加させて頂きました。

今週から進行役を担当されている方(Tさん)が、日毎に進化されている様子を感じとることができました。

そう感じることができたのは、私が来週から、瞑想会の進行役をやらせて頂くことになっていることと深く関係しているように感じています。

先日、いつも進行役を担当して頂いている方(Mさん)に、進行役を行う際の注意点等を教えて頂く機会を設けて頂きました。

実に様々なことに気を使われていることが分かりました。

自分でも実際に文言を読み上げたり、それを録音して自分の声を聴いてみたりしましたが、なかなか難しいというのが率直な感想です。

普段、何事もなく瞑想会の進行をして頂いたので、私は気付くことができませんでしたが、凄いものも与えて頂いていたことに気付くことができました。

私にとっては、まさに、無くてはならない有難い存在であるが、それがあることになかなか気付くことができない「空気のような存在」のように思います。

でもそのようなことは、日常に溢れていることにも気付かせて頂きました。

今朝、妻から、次男に関わる中学校で起こったとある出来事(問題)について、話を聞きました。

真我の実践を唱えながら、聞かせて頂きました。

妻、学校の担任先生が、本当に親身になって次男のことを考えてくれていることや、次男の素晴らしさを感じとることができました。

妻、学校の担任先生、そして次男も、「空気のような存在」なんだなあ、私は気付けていないことがたくさんあるんだなあ、と感じました。

「空気のような存在」に気付いて、感謝できる人になりたい。

私自身も、「空気のような存在」になりたい。

そんなふうに思いました。

いかに相手の立場にたてるか、相手になりきることができるか、そこがポイントであるように感じています。

真我も、ある意味、「空気のような存在」なんだと思います。

決して、人間の頭では認識することはできないが、絶対的に存在するものだからです。

真我の実践を唱えることは、人間の頭では決して認識できない「空気のような存在」に、意識を向け続けることができる究極の手法。

真我の実践を唱け続けることにより、佐藤学長の真我に意識を向け続け、今の自分では認識できないことを認識できる自分に成長し続けていきたい。

佐藤学長、ありがとうございます。